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札幌高等裁判所 平成5年(ラ)77号 決定

抗告人

大石康雄

相手方

北友拓建株式会社

右代表者代表取締役

浅野憲一

主文

原決定を取り消す。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

二  そこで、本件抗告の当否について判断する。

1  一件記録によれば、抗告人(債権者)は、平成五年九月一三日相手方を債務者として札幌簡易裁判所に本件督促事件(同裁判所平成五年(ロ)第一二〇三五号)の申立てをし、同裁判所裁判官は、同月一七日右申立てにより支払命令を発したが、同裁判所は、同年一〇月八日受付にかかる異議申立書によりこれに対する適法な異議申立てがされたと認め、同月一五日原審裁判所に右事件記録を送付したことが認められる。そして、右支払命令後原決定がされるまでの経緯については、原決定一枚目裏一行目冒頭から同二枚目裏六行目末尾までに記載のとおりであるから、これを引用する(但し、同二枚目表末行から同裏一行目にかけての「山下氏」を「山下政昭」と改める。)。

2  原審は、右事実を前提として、本件は未だ支払命令の相手方に対する送達ができていないから、督促手続は継続しており、異議申立てにより訴訟へ移行したとみる余地はないが、事件記録の送付により本件が原審に係属しているかのような外観が生じているから、これを正す必要があり、そのため民事訴訟法三〇条一項に準じる場合として、本件を札幌簡易裁判所に移送するのが相当であると判断した。

しかしながら、右の判断は是認することができない。すなわち、支払命令に対する異議申立てが不適法であるにもかかわらず、発令簡易裁判所がこれを看過し適法なものとして民事訴訟法四四二条により地方裁判所に記録送付したときは、外形的には、適法な異議申立てのされた場合と同様に、右事件について督促手続から訴訟手続への移行が生ずるのであるから、このような場合、記録送付を受けた地方裁判所としては、異議申立てが不適法であることが判明した時点で、終局判決をもって異議申立てを却下すべきであり、右判決が確定すれば、右事件の訴訟手続への移行の効果は遡及的に消滅するので、訴訟記録の返還を受けた簡易裁判所は、右異議申立てが存在しなかったものとしてその後の手続を進行すれば足りるものと解するのが相当である。そして、その理は、本件のように支払命令の債務者への送達が無効の疑いのある場合(なお、本件については、その点について、さらに審理を尽くす必要があると思われる。)においても異なるところはない。すなわち、支払命令は裁判官がこれを書記官に交付した時に成立し、その債務者への送達の有無は仮執行宣言の申立てないし支払命令失効の起算日として意味があるにとどまり、訴訟手続への移行は適法な異議申立ての有無にかかっているからである。

原決定が本件を移送すべきものとしたのが、支払命令は債務者に送達された時に成立し、その成立前の異議申立てはありえないことを前提としているのであれば、支払命令は裁判官がこれを書記官に交付した時に成立するのであるから(大審院昭和一〇年四月二三日決定・民集一四巻五号四六一頁、同昭和一一年四月一七日決定・民集一五巻一二号九八五頁参照)、その前提において失当であり、また、発令簡易裁判所が民事訴訟法四四二条により地方裁判所に記録送付したとしても、異議申立てが不適法であるときは訴訟手続への移行が絶対的に生じないとの解釈を前提としているのであれば、そのように解することは、地方裁判所における異議申立ての適法性に関する審理手続の性格が不明確になる上、地方裁判所と発令簡易裁判所との間で適法性に関する判断にくいちがいが生じた場合、収拾のつかない事態の発生することも予想されることに照らしても相当とはいえず、原決定の見解は採用することができない。

三  よって、これとその趣旨を異にする原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官宮本増 裁判官河合治夫 裁判官小野博道)

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